イランカラプテ たんぽぽ通信 by IKUKO

函館モナムール~元無所属議員の日々の想い

函館五稜郭公園の藤棚を守ろう

2007-08-17-Fri-04:07
多くの市民や観光客の皆さんに親しまれている五稜郭公園。星形の桜に染まる春に続き、初夏には藤棚のこぼれ落ちそうなほど咲き誇る花と甘い香りが私たちを楽しませてくれます。
「その藤棚が撤去または移設される!」と知った市民の皆さんが、6月から藤棚を守る活動を始めました。第2回定例会に陳情書を出し、総務常任委員会で議論され継続審議となっています。また約1ヶ月で、3000人以上の署名を集めて市教委に提出しました。

 戦前から親しまれてきた藤棚には、皆さん様々な思い出があります。
「小学生の頃、五稜郭公園の中で運動会をしたんですよ。藤棚がきれいな季節でした。」
「幼い私をよく五稜郭公園に散歩に連れて行ってくれた父、特に藤棚の花の季節が好きでした。晩年今度は、私が車椅子の父を思い出の藤棚まで連れ出しました。」
「毎年のように藤棚のスケッチに、函館に来るんですよ。」

 【なぜ、藤棚の撤去・移設となるのか?】
今、五稜郭公園内に奉行所を復元工事中。
1.それに伴い、表門も復元予定。文献によると、表門は現在藤棚がある位置に立っていたらしい。発掘調査をして位置が確認されたら、藤棚は撤去か移設になる。
 ところが、この表門の図は無い。全国の奉行所の門を参考にして作るという。
奉行所は材料から細部まで忠実に復元しなければならないというのに、門は想像物で許されるのか?
2.奉行所があった時代に藤棚は無かった。石垣の見通しを良くするために藤棚や他の樹木も撤去。 
奉行所が存在したのは7年ほどの短期間。市民に何十年と親しまれてきた樹木を撤去してまで、当時の奉行所風景を復元する必要があるのか。高齢の樹木は移設に耐えられるのか。

 私は、この5月から総務常任委員会に所属している。7月の委員会で、表門の事が書かれている文献を資料請求した。 市民公園として、戊辰戦争の最後の舞台となった史跡として、どのような形が望ましいか議論していきたい。
 
 五稜郭の中の松林のある広々とした広場が、私は好きだ。百数十年の歴史の風を感じる。あの空間はそのまま残した方がいいのではないか。奉行所復元が五稜郭の歴史を学ぶためだとしたら、それは、五稜郭を舞台に毎夏市民ボランティアで上演される『野外劇』にまかせるとよい。野外劇の方にもっと経済的支援が必要だ。
野外劇の発案者であるアイディアマンのグロード神父は、「奉行所をそのまま復元するより、歩き回れるミニチュア奉行所を作れば、十分の一の経費で観光客を呼べる」と数年前に語っていた。

五稜郭や藤棚の思い出、今後の五稜郭活かし方など、どんどんご意見お寄せ下さい。

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