イランカラプテ たんぽぽ通信 by IKUKO

函館モナムール~元無所属議員の日々の想い

函館中島れんばい屋台村イベント

2011-08-24-Wed-23:02
函館の中島町、中島れんばいふれあいセンターでは、
毎月第4金・土曜に屋台村イベントを開催して、
ユニバーサルなまちづくり、地域活性化を図っています。
今月は明日26日と27日午後2時から10時半まで。
お楽しみ縁日コーナー生ライブもあります。
26日17:00~クラシックデュオリサイタル
       鳥野慶太(ヴァイオリン)&山形リサ(ピアノ)

27日(土)には「第1回水鉄砲サバイバルin中島れんばい」も!
水もしたたる・・・?お天気が良いといいですね。
お問い合わせは 中島町商店街進行組合事務局 51-0026能登さんまで。

観光客の皆さん、市民の台所、中島れんばいも覗いてみてください。

「中島町」は、箱館戦争の時に旧幕府軍の砦の一つとして使われていた
「千代ヶ岡陣屋」を守備し陣屋隊長として奮戦し、
最後まで戦って戦死した中島三郎助父子を記念してつけられた名前です。
中島三郎助 中島三郎助父子最後の地碑
中島三郎助は、ペリー艦隊が浦賀沖に来航した折は日本人として初めて黒船に乗り込み、
アメリカ側との交渉にあたったりしている。
その後日本初の大型洋式軍艦「鳳凰丸」建造に尽力。
勝海舟などと共に、長崎海軍伝習所1期生として入所。
造船学・機関学・航海術等を修めている。
俳人としても知られていた。
明治2年(1869年)3月に咬菜園と言われる当時箱館に名高い庭園で別盃の宴を催した際、
三郎助は以下の2つを辞世の句として残したと言う。
ほととぎす われも血を吐く 思い哉
われもまた 死士と呼ばれん 白牡丹


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